健康機能食品・化粧品

AIを活用した化粧品製造工程スマートファクトリー構築の実証事例

化粧品製造工程の設備データで細部工程を自動分類し、品質を予測した実証事例です。生産が終わってはじめて不良がわかる構造を、生産中に予測する構造へ変えました。

産業
健康機能食品・化粧品
実施年
2021
適用ソリューション
A²LABB²LABデータ標準化
  1. 課題

    不良や顧客からのクレームが発生した際、その時点の工程・作業状態を照会することはできましたが、全体の状況を一目で把握することは困難でした。より大きな問題は判定基準です。設備の設定値(SV)に対する実際値(PV)の許容誤差範囲が広く設定されており、複数の項目が同時に範囲を外れても、そのうち何が不良と関係しているのかを特定できませんでした。決定的なことに、不良は生産終了後の品質検査で発見されました。その時点では、すでに原料と時間が投入された後です。

  2. 収集データ

    メインタンクのホモRPM・EC・スクレーパーRPM・パドルRPM・チャンバー温度・ジャケット温度・真空度・粘度、ウォータータンクとオイルタンクの温度と撹拌RPMなど、設備データ13種をHMI/PLCから収集しました。これにERPのLOT別品質検査結果と、MESの生産日・作業者・生産品目・生産時間、品目・設備マスタを連携しています。

  3. 適用モジュール

    エッジゲートウェイのフィルタリングルールセットで設備データを収集段階から精製し、時系列ラベリングツールで製造運営情報と品質結果を時系列設備データに統合しました。決定木とLSTMを併用しています。決定木でどの変数が品質に影響するかを解釈し、LSTMが時系列予測を担う構成です。学習した推論モデルはリアルタイム推論エンジンに搭載し、ストリーミング分析体制としました。

  4. 成果

    RPM、温度、作業所要時間といったデータを基準に、製造工程内の細部工程が自動的に区分されます。ここに品質データを連携して最適作業モデルを導出し、現在の作業がそのモデルから外れていないかを生産中に比較して作業ガイドを提示します。不良の発生を認識してから原因を把握する流れが、生産中に逸脱を検知する流れへ変わりました。

終わってはじめてわかる不良

化粧品製造において、不良は生産が終わった後の品質検査で明らかになっていました。その時点では原料も設備の時間もすでに投入された後です。取り戻せるものがありません。

原因を探すことも容易ではありませんでした。設備の設定値に対する実際値の許容誤差範囲が広く設定されていたため、複数の項目が同時にその範囲を外れることは日常的でした。そのうち何が今回の不良と関係するのかはわかりません。人が見れば、すべて「範囲外」だったからです。

タンクの中で起きていることをデータに

まず設備から出てくる値を集めました。メインタンクのホモRPM、スクレーパーとパドルの回転数、チャンバーとジャケットの温度、真空度、粘度。ウォータータンクとオイルタンクの温度と撹拌速度。HMIとPLCから得られる13種です。

これだけでは足りません。これらの値がどの結果につながったのかを知る必要があるからです。ERPからLOT別の品質検査結果を、MESから生産日・作業者・生産品目・生産時間を取得し、時系列設備データに紐づけました。

工程を自ら分けさせる

化粧品の製造工程は一つの連続した作業のように見えますが、内部には細部の段階があります。しかし、どこからどこまでがどの段階なのかは記録されません。

RPMのような設備データのパターンを見れば、この境界を見つけられます。細部工程を自動的に分類できるようになったことで、「この段階での条件が最終品質にどう作用するか」を段階別に見られるようになりました。

二つのアルゴリズムを併用した理由

決定木とLSTMを併用しました。互いに不足する部分が異なるためです。

決定木は、どの変数が重要かを選び出し、その理由を木構造で示します。二つの変数が重なって生む影響も読み取れます。現場で「なぜそう判断したのか」を説明する必要があるときに必要です。

LSTMは時系列予測に適した構造です。タンク内の温度と回転数が時間とともに変化してきた流れ全体を踏まえて先を見ます。

解釈は決定木が、予測はLSTMが担う構成です。

生産中に見えるように

学習したモデルはリアルタイム推論エンジンに搭載しました。生産が進行する間、設備データが流れ込み、最適作業モデルに対して現在の作業がどこへ向かっているかをその場で比較します。

不良が出たという事実を後から確認して原因をさかのぼる流れが、生産中に逸脱を検知して作業ガイドを受け取る流れへ変わりました。

2020年12月から2021年4月まで、AIソリューション実証支援事業として遂行しました。